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若槻 千夏(わかつき ちなつ)

若槻 千夏(わかつき ちなつ)
若槻 千夏(わかつき ちなつ)
生年月日:1984年5月28日
出身地:埼玉県比企郡吉見町
身長:160 cm
体重:44 kg
スリーサイズ:83 - 62 - 87 cm
血液型:A型
ブラサイズ:Cカップ

若槻 千夏(わかつき ちなつ)若槻 千夏(わかつき ちなつ)若槻 千夏(わかつき ちなつ)

所属事務所:プラチナムプロダクション

公式サイト:プラチナムプロダクションによる若槻千夏 プロフィール

公式サイト:若槻千夏のブログ『マーボー豆腐は飲み物です』 Powered by アメブロ

公式サイト:----- C h i - n e t ------

公式サイト:グラビアアイドル JUICY x JUICY 若槻千夏

子供の頃はなかなか背が伸びず、小学校6年生で130cmしかない小さな女の子だった。
オテンバで、小学校にお菓子持っていって食べてたり、他のクラスに紛れてプールで泳いでたり、通知表には「クラスで一番活発な女の子です。でも、授業中まで延長しすぎ」と書かれた、いわゆるお転婆娘だった。

2001年、17歳の時に友人と渋谷109に遊びに来ていたところを現所属事務所からスカウトされる。
同年、成人雑誌の水着グラビアでデビュー。デビュー当初は本名で活動し雑誌グラビアやテレビ朝日内のサイト『WEBアイドル図鑑』を中心に活躍。
間もなく現在の芸名に改名。
同年11月よりTBS『キャイーン式(スタイル)』の番組内企画「ヒデキ(ウド鈴木)の妹オーディション」にセクシー部門代表として地上波初出演。
オーディション合格者で結成された期間限定ユニット「いもこん」のメンバー(五女)として活躍。

2002年、ミスマガジン2002にエントリーしセミファイナルまで進出。
ファン投票4位になりファイナリスト選出が確実視されていたが、同じ事務所の伊織・星野加奈・高杉さとみとともに全日本GT選手権(JGTC)イメージガール「wi☆th」のメンバーに抜擢されたことや、講談社『週刊ヤングマガジン』のライバル誌である集英社『週刊ヤングジャンプ』とのグラビア専属契約が締結された為、これを断念。
同年9月「wi☆th」名義でavex traxからCDデビューを飾っている。

2003年、年頭から本格的にグラビアからテレビ、ラジオ業界への進出を開始。
当時はまだ深夜枠放送だったフジテレビ『トリビアの泉』、『クイズ!ヘキサゴン』、テレビ朝日『銭形金太郎』などバラエティ番組を中心に出演。
同年10月日本テレビ系『踊る!さんま御殿!!』に出演。
明石家さんまと初共演するも殆ど喋れず悔しい思いをしたことが後にバラエティタレントとしての稀有な才能を開花させることになる。
同年11月よりフジテレビ『LIVE2003すぽると!&ニュース』のレギュラーリポーターとして仲根かすみとともに抜擢、翌年9月末まで出演。

2004年、3月公開の映画『呪霊 THE MOVIE ~黒呪霊~』にて初出演・初主演でスクリーンデビュー。
同年4月、テレビ東京『中山道』の出演をきっかけに中山秀征に気に入られ、以後共演番組が増える。(「チナッティー」の愛称はこの当時につけられたもの)
同年5月、フジテレビ『ディヴィジョン1 STAGE2・ランナーズハイ』にて民放ドラマ初出演。
同年9月、熱中症と急性胃腸炎を併発し緊急入院し1週間後に退院。同年10月、主演映画2作目『想色~オモイ・ノ・イロ~』公開。公開初日にテレビ放送されたフジテレビ系『めちゃ×2イケてるッ!』の特番「国立め茶の水女子大学付属高等学校 第1回抜き打ち中間テスト」出演時のとある発言(後述)により、バラエティタレントとして一般知名度を一気に上げた。(放送内容は抜き打ちテスト (めちゃ×2イケてるッ!)を参照)

2005年、年頭よりフジテレビ系の競馬バラエティ番組『うまッチ!』にて民放地上波番組の初メイン司会に抜擢。
同年4月より『スーパー競馬』メインキャスター。他にも日本テレビ系『メレンゲの気持ち』等レギュラー番組が一気に増える。
同年、ヘアーカラーリング・アワード2005タレント部門、第1回Best Jerseist女性部門受賞。

2006年11月6日、「神経性胃炎および 潰瘍性大腸炎」で体調を崩した事から、全てのレギュラー番組出演と年末年始の番組収録をキャンセルし、2か月間の療養に入る。
2006年12月23日深夜放送の『うまッチ!』より復帰したが、病気が再発するのを防ぐために『うまッチ!』、『スーパー競馬』などのレギュラー番組は降板した。
若槻が出るはずだった所は後輩の東原亜希や岩佐真悠子がいくつか代役に回っていた。

2007年1月18日にブログ「マーボー豆腐は飲み物です。」を開始。
芸能人ブログの中でも屈指のアクセス数を誇る人気ブログとなっている。

現在でも体調面を考慮し仕事をセーブしつつ、バラエティ番組や雑誌グラビアで活躍中。

若槻 千夏(わかつき ちなつ)

芸名である「若槻千夏」の「若槻」は、満州事変の時の総理大臣である若槻禮次郎から取っている。「千夏」は、若槻にあう字画数からつけた。
姓名占いを元に命名した以外は特別な意味は無く、自身は若槻総理が何をした人か等は全く知らない。

家族構成は、電車の運転士だった父、母、兄、ネコ2匹(レモン&トマト)、イヌ1匹(ハチ)。
現在は埼玉の実家から出て都心で一人暮らし。
デビュー当時の夢が「自分の稼いだお金で家族旅行をすること」と言っていたぐらい家族思いである。
また小動物が好きで、子供の頃はよく捨て猫を拾ってきて親を困らせたらしい。
現在実家で飼われているネコ達も若槻自身が拾ってきたもの。
しかし、体の大きい動物は苦手のようで、競馬の仕事を始めてから競走馬に直接携わることも多くなったが、怖がっておっかなびっくりだった。
しかし『うまッチ!』番組内でも応援していた後の7冠馬ディープインパクトを激励に訪れた際に、大人しく鼻面を触らせてくれたことで大好きになる。

好きな食べ物は、焼肉、シュークリーム、納豆巻き、お子様ランチ、ファーストフードなどのジャンクフード、ケンタッキーフライドチキンの皮。
嫌いな食べ物はバナナで小さい時にバナナを食べて気持ちが悪くなったことがトラウマになって食べられなくなった。
だが芸能界入りしてからバナナジュースは飲めるようになった。またクレープやパフェなど生クリームが多い食べ物も苦手である。

現代っ子らしく漫画やアニメなどは大好きであり、それら興味の持続するものに対しては強い執着心を持っている。
漫画では矢沢あい作品は全て好きで『NANA』はブレイクする前からの大ファンであり自身のバイブルと様々なインタビューで答えている。
また音楽系雑誌『ザッピィ』の連載でファンから寄せられた情報がきっかけになって男性向け漫画も読むようになり、『ONE PIECE』、『DEATH NOTE』『LIAR GAME』などは特にハマった。
一方、『魁!!クロマティ高校』『課長バカ一代』(共に野中英次作)のナンセンスギャグ漫画も好む。また兄の影響からか漫画だけでなくアニメにも理解があり、特番『芸能人アニメ通が集結!徹底調査!!好きなアニメランキングベスト100』で美少女キャラアニメの『魔法先生ネギま!』に投票した。

その他の趣味は映画のDVDやフィギュア、小物、帽子の収集。中学生の頃はハローキティーが大好きで、実家の部屋はグッズで埋め尽くされている(2002年発行のwi☆th写真集のインタビューページに部屋の様子が写真掲載されている)。
デビュー当初は、のめり込んじゃいそうだから「ギャンブルは嫌い」と発言していたが、2005年より本格的に競馬の仕事に携わるようになり、ギャンブルへの偏見は薄れつつある。
ただし他のギャンブルに手を出しているわけではないので、あくまで競馬ファンである。
曰く「競馬は、社会的地位とか頭の良さとか関係なく、勝った者が1番偉くなれる」から。
20歳の誕生日直後に行われた第71回日本ダービーに番組ゲストで呼ばれた際、ビギナーズラックで馬券を当てたことが競馬にのめり込むきっかけとなった。
メインの重賞レースで有り金をスッてしまい、関係者にお金を借りてまで最終レースにつぎ込んだ逸話もテレビ番組内で関係者証言が流された。
競馬番組から離れた今でも競馬の事は気になるようで、趣味として馬券を買いに行った事などが公式ブログで公開されている。

運動全般が得意ではなく、運動神経も鈍い。
自身は卓球が得意(中学時代は卓球部)としているが、その卓球を含め、運動神経を競うアトラクションでは活躍できずに終わることが殆ど。
とりわけ水に対しては、初期の頃のバラエティ番組で海に投げられ溺れかけた事がきっかけで極度の恐怖感を持つようになり、顔を洗う事も出来ず濡れタオルで顔を拭いているほどである。

2006年半ばに普通自動車運転免許を取得。
『堂本剛の正直しんどい』の中で運転技術を披露した。
運転には問題が無くても取得までにかなり苦労したらしく、『グラビアトークオーディション』の前説トークでは、当時運転免許取得を目指していたほしのあきに向かって、「学科試験に6回も落ちて、しかもそのうち2回は外国人コース」と言って、全ての漢字に振り仮名が振られている問題用紙で2回受験したものの、2回とも落ちてしまった事から、受験した場所にちなんで『魔の鮫洲』という学科試験のエピソードが複数の番組で数回語られている。
また千原兄弟の千原ジュニアの発言によると、若槻と千原ジュニアは現在同じマンションに住んでおり、車庫も隣り同士。
ジュニア曰く、「若槻はめちゃめちゃデカイ車に乗っている」とか「きちんと奥までバックで駐車させておかないため、ジュニアが車庫から車を発進させる際にたいへん苦労している」という。

視力が悪いためコンタクトレンズや眼鏡を使用している。
若槻のブログにそれがわかる内容が数カ所見られ、雑誌に眼鏡をかけている姿が掲載されていた。

2007年7月3日放送の『踊る!さんま御殿!!』で、「家では常に裸」、「そのために一人暮らしをしたかった」と発言。

愛称が多い芸能人の1人で、若手芸能人からはちぃ、ちぃちゃん、ちっちと呼ばれることが多く、中堅クラスの芸能人からはちなっちゃんと呼ばれることが多く、大物芸能人からは若槻!と呼ばれることが多い。

非常にサバサバした性格で、熱し易く冷め易い。興味のあるものには何でもすぐ飛びつくが飽きっぽく、それゆえ趣味もその時々で変わる。以下にその例を上げる。

ダイエットのために始めたジム通いも中途半端に終わり、使用料の滞納で辞めさせられたことがある。
通販マニアでよく買い物をするが、飽きっぽい性格が災いし、到着した本棚を組み上げずに放置したり、商品が届く頃には興味を失っていることもしばしば。
『とんねるずのみなさんのおかげでした』に出演した際、通販で買ったまま箱も開けずに自宅に放置していたパン焼き機を番組オークションに出したこともある。

『堂本剛の正直しんどい』に出演したのがきっかけで、ギターを始める。
しかしその後練習しているといった素振りはまるで無い。
茶髪やそのファッションから見た目でチャラチャラした印象を与えやすいが、仕事に対しては非常に貪欲であり、細かい作業を苦にせず黙々とこなせる努力家。
バラエティ番組をハードディスクに録りためて自分のトークの反省や勉強を怠らない。
これはかつて『踊る!さんま御殿!!』に出演した際、「話の輪に入っていけず全く喋れなかった事で悔しい思いをしたのが原因」と後の雑誌インタビューで答えている。
実際その研究成果をいくつかの番組で自ら発表していて(絶対に椅子に深く座らず「いつでも立てるように」前のめりに座っている、等)、他の芸人よりも素早くリアクションを取るシーン数多く見受けられる。
またバラエティでの振る舞いや一般人に絡まれた際の対応等について、自ら出川哲朗に教わりに行ったことがある。
さらに品川祐が『爆笑問題の検索ちゃん』で発言したところによると、「番組でトークをカットされないためのコツ」という所謂ひな壇芸人テクニックを教わっている(ちなみにその際に品川が若槻に教えたのは「大御所の話にのっかること」だとか)。
競馬番組を担当していた当時に自ら付けていた競馬ノートと、普段からつけている料理レシピをテレビ番組内で公開した(2006年『新堂本兄弟』)。

そういった努力もさることながら、もとより頭の回転が早く場の空気を読むことに長けているため、その場その場での対応力に非常に優れている。
番組で共演した気難しいことで有名な細木数子や文化人の鳥越俊太郎等も一目置いている。
ただし現代っ子の典型で、一般常識に疎く、特に漢字に関しては壊滅的に知識がない。
漢字が読めないという致命的な難関が待ち構えていた為に運転免許の学科試験に6回落ちている(詳細は後述のエピソードを参照)。
また「クイズ!ヘキサゴンII」では「おバカキャラ」として準レギュラーで出演しているが、前述のように「空気を読むのがうまい」こともあり、「アナウンサー大会」では代理でアシスタントを務めたこともある。
ただし「予選ペーパーテスト」は全くと言っていいほど出来ず、2007年4月18日の放送で初めて最下位を脱出するまで6回連続で最下位であった(途中に「アナウンサー大会」での代理出演を1回挟んでいる)。
連続最下位の記録自体は7回連続の里田まいに及ばないが、里田と並んで「おバカキャラ」の中でも別格の存在であることは確かである(なお若槻と里田は「ヘキサゴンII」に限らず共演の経験自体が1回もなかったが、2007年8月1日の「ヘキサゴンII」のスペシャルで初共演。)。

また負けず嫌いであると同時に非常に涙脆い面があり、番組中に感動したり、悔しさから涙を流すことも度々ある。
『痛快!明石家電視台』のスペシャルでは2度明石家さんまによって泣かされている。1度目はカーリング、2度目は村上ショージとの中華料理対決。
また2006年に放送されたフジテレビの深夜特番『タミゴエ』において「写真集の発売イベントで昔から応援しているファンの皆さんが大勢集まってくれたことに感激して泣き出してしまい、イベントを中断して化粧直しをした」という関係者コメントが放送されている。

典型的な現代っ子であるにもかかわらず家事全般を得意とし、料理、洗濯、掃除、裁縫なんでも一通りこなせ、手先も器用。これは小学4年生頃に母親が突然家事を放棄してしまったため、生きていく為に自分でなんでもやるようになったからだという(『ウチくる!?』に出演した際、若槻の母親が登場してその証言が正しいことを自ら認めている)。
公式プロフィールに記載されている特技は、掃除、ピアノ、携帯メールの早打ち(テンキーパッドの早押し)、キャベツの千切り。
その後自身でアイロン掛け、たこ焼き作り、古着のリメイクも得意であるとし、自身の雑誌連載記事や番組の中でその腕前を披露している。

特技の「キャベツの千切り」は、高校時代、アルバイト先の採用に受かるためにキャベツの千切りを特訓したことによる。
ところがそのバイト先には先に別の人間が採用されてしまい、結局無駄な努力となってしまった。
後にいくつかのバラエティ番組で実際に披露しているが、『世界まる見え!テレビ特捜部』で披露した時には指を切ってしまったことも。
一度だけ出演した『愛のエプロン3』で下エプ評価を受けるも、『料理の鉄人』に鉄人として出演していた陳建一から「料理が上手くなる素質はある」とコメントされている。
2006年正月特番『堂本剛の朝までしんどい』では、自ら差し入れで作ってきた特製エビチリソースを出演者に振舞ったところ、その味を全員に絶賛された。
同年の『明石家電視台in韓国・済州島』で村上ショージとチャーハン対決を行った際も、明石家さんまから高評価を受け対決に勝利。
また、たこ焼き作りにはこだわりがあるようで『さんまのまんま』に出演した時は自前のたこ焼き作りセットを持ち込み、明石家さんまに振舞ったことがある。

潔癖症ではないが非常に綺麗好き。
2007年5月16日放送の『今田ハウジング』で自宅をVTR公開した時も、若い女子に似合わずあまりに簡素で殺風景なので他の出演者から驚かれた。
1日1回は必ず掃除し、トイレは使っても使わなくても毎朝夜必ず掃除するという。
デビュー当時に風呂嫌いと発言したことで一時期「汚ギャル」と思われていた時期もあるが「すぐのぼせるので湯船に長く浸かれない」というのが真相であり、シャワー派であることが判る。
また、2007年6月28日放送の『ダウンタウンDX』では「デビュー以降顔を洗っていない」、「水が嫌」、「グラビア撮影でも水に浸からない」と語っていた。

裁縫も得意で、親にミシンをプレゼントされてからは古着のリメイクを好んで行っている。
雑誌の連載でもその腕前を披露したことがあり、私服として着用することも多い。
携帯電話のデコレーションなど細々とした作業も得意である。
社交的な性格から付き合いで外に出ることも多いが、1人でいる時間も同じように大切にしている。仕事の合間を使って雑貨屋などのショッピングはよく行くが、自宅や漫画喫茶で漫画を読んだりしてノンビリする時間も好き。
病気療養後は余暇を利用して自ら一般人に混じってフリーマーケットに出品し売り子をしていたりもしている。

自身でも「恋愛に関しては糞真面目」というように、異性に対してはシャイで引っ込み思案。
二人きりになると照れてしまって何も喋れなくなる。
自分からは好きと告白できない。
それゆえ、グラビア出身の女性タレントとしてはスキャンダルが世間に流れることがあまり無い。
男性の好みは所謂「面食い」なほう。
ミーハーな性格で周囲のブームに乗っかって好きになってしまうことも多い。
家事が得意なこともあって、好きな相手には何かしてあげたいと思うらしく、「尽くすタイプ」と自身で発言している。『LIVE2003 すぽると!&ニュース』のレポーター時代、当時のイケメンの代名詞であったサッカーのデビッド・ベッカム(レアル・マドリード)のファンになり、来日記者会見で目線をもらっただけで泣き出してしまう程だったが、母より借りた韓国ドラマのDVD『冬のソナタ』をきっかけにペ・ヨンジュンファンに鞍替えした。
好きが昂じて2005年夏のオフには母と共にプライベートで「冬ソナツアー」にも参加した。2007年の正月深夜特番『女だらけのかうんとだうん新年会』にて、「抱かれたい芸人ベスト3」というお題が出された時に、若槻は1位に土肥ポン太、2位にサバンナ八木真澄、3位にケンドーコバヤシをあげている。
2007年に『ハニカミ』でゲスト出演した際に、「芸能人の中で気になっている好きな俳優がいる」と言い、一緒に出演していた鈴木杏がその俳優と友人である事を知ると、すかさず取次ぎを頼んでいた。

中学時代、当時憧れていたバスケットボール部の先輩に僅かでも近付きたかった一心から、スポーツ音痴の自分にも出来る種目で、練習が同じ体育館内(部活中ずっと見ていられる)という理由で卓球部に所属。
片思いは実らなかったが、デビュー後、某番組で憧れの先輩に再会、改めて告白するも既に相手に彼女がいてあえなく振られた。

高校時代はパソコン部に所属。
しかし、殆ど部活には出ないで、小遣い稼ぎのためにアルバイトに精を出していた。
アルバイト先の軽食店では、お客さんが手付かずで残したオーダー品を冷蔵庫で冷やしておやつにしていたこと等がアルバイト先のオーナーの口から語られている(『ウチくる!?』)。

芸能界に憧れていた母親の影響からか、自身も早くから芸能界に興味があったようで、モーニング娘。の、特に後藤真希のファンだった。
スカウトされた時は自分よりも母親のほうが喜んだという。
しかし、本人は所属事務所の人間に詳しい話を聞くまで「芸能界」を「『芸能会』という名前の1つの会社」と思い込んでいたらしく、「デビューすればモーニング娘。に入れると思っていた」と後にいくつかのトークバラエティで語っている。
もし芸能界デビューしていなかったら地元の製缶工場に就職する予定だった、と『新堂本兄弟』の中で告白している。

グラビアデビューしてから暫くの間は、父親に芸能界入りを知らせていなかったが、ある日電車の中吊り広告に出ていたのを父親が気付いてしまい発覚。
父親は5年という期限を設けたが、自ら「3年間頑張って芽が出なければスッパリ辞める。もし成功したらそのまま続けさせてください」という約束で芸能界入りを認めてもらった。
父は今では自ら写真集を大量購入し、知り合いに配りまわるほどに応援してくれているという。

グラビアアイドルとしての活動を始めてから半年ほど、小遣い稼ぎのために事務所に黙ってビル清掃の早朝アルバイトを兼務していた事がある。
また、遠方にある埼玉の実家から渋谷の事務所まで通うのが大変だった事で、一人暮らしを始めるまでは着替え持参でシャワー設備のある渋谷の漫画喫茶に最大1週間寝泊りしていたことがある(「徹子の部屋」などのトーク番組や雑誌インタビューで繰り返し発言)。
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