はしの えみ(はしの えみ)

はしの えみ(はしの えみ)
はしの えみ(はしの えみ)
生年月日:1973年10月23日
出身地:鹿児島県鹿児島市
身長:155 cm
体重:42 kg
スリーサイズ:81 - 57 - 83 cm
血液型:A型

所属事務所:佐藤企画

公式サイト:佐藤企画によるはしのえみ プロフィール

公式サイト:はしのえみ公式ホームページ「はしの温泉」

公式サイト:『はしのはじめました』はしのえみ公式ブログ

鹿児島県立松陽高等学校1年修了後、単身上京した。萩本欽一プロデュースの演劇集団「欽ちゃん劇団」出身。在籍中は、芝居に限らず、CHA-CHAのバックダンサーに参加したり、音楽ユニット「CHU-CHU」や「ブカブカ」などに参加し、喜劇役者の中でもアイドル的活動をする。
1998年4月、芸名をひらがなに変える。

一時期休業するが、1996年7月、大型情報バラエティー番組「王様のブランチ」(TBS)の「ブランチリポーター」の仕事を射止めた。
ユニット「BRAN-KO」を結成し、CDもリリースする。
2007年7月現在もフロントメンバーとしてレギュラー出演し、正午になれば「買い物好きなお姫様」としても登場(2007年4月7日にコーナー10周年を迎えた)。
また、番組では年下のフロントメンバー(優香、小林麻耶)に対して「えみさん」ではなく「えみちゃん」と呼ばせている(例:番組エンディングのプレゼントクイズ出題)。

2000年10月-2004年3月までフジテレビ系「ポンキッキーズ」「ポンキッキーズ21」にて、魔女の「エミージョ」として出演し、子供たちからも人気を得る。

「笑っていいとも!」などで披露していた松浦亜弥のモノマネが有名。
「あややがいてくれて良かった」と語っている。
2003年12月に「ザ・ベストテン2003」にて共演もしている。

トリビアの泉(深夜時代)では、「『できるかな』のノッポさんは喋ったことがある」(99へぇ)で唯一19へぇで止めてしまい、満へぇを阻止している。

2004年放送のNHK大河ドラマ『新選組!』で時代劇に挑戦。
その他ドラマ、バラエティー、CMなどに幅広く活動している。

数々のクイズ番組で賞金を獲得しており、オールスター感謝祭では常に正解率上位にランクされている。
また、2005年7月18日放送分から中京テレビ制作のクイズ番組「サルヂエ」のサルちゃんとして、病気で降板した故・岡田眞澄演じるサルさんの、当初3日間限定の代理司会として出演。
同年10月19日放送分より同番組のゴールデンタイム進出(日本テレビ・中京テレビ共同制作)に伴い、レギュラー司会に抜擢された(2007年1月の番組終了まで)。

スケジュールに隙間が出来ると、鹿児島に年に何度も帰省するほど郷土愛が深く、仕事上でも出演番組での郷里・鹿児島の紹介には余念がない。
以前放送されたテレビ朝日系の某バラエティー番組内では見事な薩摩弁を披露し、また同番組の特番ではお国自慢で九州新幹線の新八代駅部分開業は、大変不満だと力説し、共演者を圧倒する一幕もあった。

胸はEカップあるらしい(関根勤談)。

2006年10月2日から11月24日まで放送された帯ドラマ「みこん六姉妹」(CBC制作・TBS系)で女優としてテレビドラマ初主演を果たした。

ちなみに、タミヤRCカーグランプリで小学生の兄弟と模型を製作した際、両面テープの正しい使い方を知らずに「両面テープって上手く貼るのが難しいよね〜」と言ったところ、「そんなの簡単じゃん」とツッコミを受けていた。

愛称は「えみちゃん」で、ブランチで共演した坂下千里子にはたまに「はしえみ」と呼ばれることがある。


10歳の頃、鹿児島テレビ(KTS)の視聴者参加のど自慢番組に出場、松田聖子の『Rock'n Rourge』を熱唱した。
その映像がバラエティー番組で何回も使われた。

2006年元旦特番「最強運芸能人決定戦。」の生放送中にて、ハンガリーの霊能力者バラート・クラーラに、「8月に年上かつ知り合いの芸能人と結婚する」と予言された。
一部のファンの間では、相手は所属事務所の先輩であるTake2の東貴博ではないかと噂されていた(当時東とは「東貴博 ニッポン全国 ラジベガス」で共演していた)が、2007年7月現在結婚はしておらず、この予言は外れた。

2007年2月5日、自営業の実父が死去。当日は舞台「仇討物語 でんでん虫」に出演し、終演後にすぐ帰省したが、父の臨終には立ち会えなかった。














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